作:ヘレン・オクセンバリー 訳:矢川澄子 出版:文化出版局
人間の暮らしに憧れるブタの夫婦。
ある日、宝物を見つけ農園を飛び出しました。
銀行で換金すると、服・家・車を買い揃えます。
これで理想の暮らしが手に入った・・・と思っていたら。
あらすじ
ある農園に、ブタの夫婦が憂鬱に暮らしていました。奥さんはベルタ、旦那さんはボリスといいます。
2人は農園での何不自由ない暮らしに、いつも愚痴を言っていました。ベルタとボリスは、お金や車など色々なものが欲しくてたまらなかったからです。
ある日、2匹はどろんこの中から、小箱を見つけました。なんと、中には宝石がどっさりです。すぐに、小箱を持って農園をあとにして、人間の街へと向かったのでした。
街につくと、なんとか銀行を見つけましたが、ブタの2匹を追い出そうとする支配人。けれど、小箱の中身を見た途端態度を変え、宝石を換金してくれました。ベルタとボリスは大金持ちになったのです。
さっそく、2匹は服を買い、車を買って、家も買いに行きました。農園の門から見えていた憧れの家を買い、ふかふかのベッドで眠ったのでした。
それからしばらく、ベルタとボリスは人間のように暮らしました。朝ご飯を作り、庭をブラブラし、車を磨き、部屋の掃除をし、電話の用もこなし、寝る前をテレビを見て過ごします。
ところがある日、ベルタが料理をしている間に、ボリスがドライブに出かけたときのこと。ボリスの車がエンジン故障を起こし動かなくなってしまったのです。一生懸命修理しようとしますが一向に直りません。とうとう修理を諦め歩いて家に向かいました。
ボリスが家に帰り着くと、ベルタが料理で使っていた機械も故障して、家がめちゃくちゃになっていました。それからはなにをしてもうまくいきません。洗濯機も草刈り機も車もテレビも全部うまく使いこなせないのです。
とうとう、今の暮らしに我慢できなくなったベルタとボリスは・・・

おしまい!
『ぶたのしあわせ』の素敵なところ
- 自由で不自由な農園での幸せな暮らし
- 自由で不自由な街での機械との暮らし
- ブタたちが自分の幸せに気づいた皮肉を感じる最後の場面
自由で不自由な農園での幸せな暮らし
この絵本でまず印象的なのが、天国のような農園での暮らしです。
「エサはたっぷり、豚小屋はホカホカ、農園は広々、背中をこする木もある。ひにゃりしたどろんこ、花咲く野原、昼寝もできるし、おしゃべりも好きなだけ。」
と、至れり尽くせりな自由で幸せそうな農園での暮らしぶりが描かれます。子どもたちも、

いいな~、気持ちよさそう・・・



勉強もしなくていいんだ!
と、とても羨ましそうです。けれど、ベルタとボリスは不満で愚痴ばかり言っています。人間の暮らしに憧れて、やりたいことが山ほどあったからです。
最初はすべて揃った幸せそうな農園も、このベルタとボリスの声を聞くと、



確かに、おもちゃがないしね



テレビも見れないよ
など、少し不完全にみえてくるのがとてもおもしろいところです。2匹の言葉により農園にはないものがだんだん見えてくるのです。
特に農園の柵から人間の街を羨ましそうに見ている姿から感じられるのは、農園から外に出られないという不自由さ。農園の中だけに限定すれば幸せそうですが、外に行き好きなことをする自由はありません。
この、2匹のブタのブタらしからぬ目線をとして農園を見ることで、農園での幸せや自由が本当にそうなのかを改めて考えさせられるところが、この絵本のとてもおもしろいところです。
自由で不自由な街での機械との暮らし
宝石の入った小箱を見つけたベルタとボリスは、農園を抜け出すことを決意します。
人間の街にやってきた2匹のブタは初めて見るものに興味津々。憧れていたものがすべて目の前に揃っているのですから。
街にやってきたブタたちへの人間たちの反応も、とてもリアルでおもしろいため、ぜひ見てもらいたいところです。中でも銀行の支配人は見事に人間の醜い部分を垣間見せてくれます。このリアルさはブタが人間の街で暮らすという奇妙なシチュエーションにリアリティをもたらすために、必要な部分なのでしょうね。
宝石を換金したベルタとボリスは、さっそく憧れていたものをすべて手に入れます。気分はすっかり人間で充実した自由な日々を過ごします。この時、ベルタとボリスの自由な生活が農園での自由な生活と同じコマ割りで描かれるのが印象的。
「ベルタは朝ご飯の支度、ボリスは庭をブラブラ。車磨きの間に、こちらは部屋の掃除、夕ご飯のできるまで、旦那さまは新聞。電話の用もいくつか、おやすみ前はテレビで。」
というように、人間の街での暮らしもやっぱり自由で楽しそう。農園での暮らしを羨んでいた子どもたちも、



やっぱりこっちのほうがいいかも・・・



お金持ちだしね!
など気持ちが揺らぎます。農園の暮らしだけ見ると何不自由なく見えますが、人間の街での暮らしと対比させられるとだいぶ見方が変わってくるのがおもしろい。
ただ、もちろん人間の街にも不満が出てきます。特に致命的だったのが機械の扱い。やっぱりブタはブタなので、機械など扱ったことはありません。車からミキサーまでなんでもかんでも壊してしまいます。農園では機械の扱いなど細かいことを気にする必要ありませんでした。だって、必要なことは全部農園の人がやってくれるのだから。
なにをするのも自由ゆえに全部自分でやらなければいけない人間の街
一定の不自由さがあるゆえに細かいことは気にせずのびのび暮らせる農園
農園と人間の街それぞれの良し悪しをベルタとボリスの姿を通して同時に見せてくれることで「幸せな暮らし」について、深く考えさせてくれるのも、この絵本のとても素敵でおもしろいところです。
農園と人間の街、どちらのほうが幸せに見えますか?
ブタたちが自分の幸せに気づいた皮肉を感じる最後の場面
農園の暮らしと人間の街での暮らし。両方とも経験したベルタとボリスはある決断をくだします。この決断がものすごく幸せそうなのに、どこか皮肉めいているのもこの絵本のとてもおもしろいところとなっています。
次々に機械を壊してしまい、幸せで自由な暮らしが一変した2匹のブタ。ついに我慢ができなくなりどうするか決めました。決めたら行動の早いこと。あっという間に自分たちの決めた道へ一直線に向かっていきました。
決めた先でのベルタとボリスの幸せそうな姿といったらありません。最初のページで見せた憂鬱な表情が嘘のように穏やかな笑顔です。
ただ、ものすごく幸せそうな表情や言葉やナレーションと裏腹に、この最後の場面にはどこか肉めいたものを感じるから不思議です。
「穏やかで飼いならされる暮らしと、波があるけど自由な暮らしどちらが幸せなんだろう?」
「人間の街での暮らしに努力が加わっていたら、違う幸せの形が見えたかもしれないね」
そんなメッセージが、裏側に隠されているのではないかと思わせてくれるなにかがあるのです。この皮肉めいたなにかを感じるのは、ブタたちがほとんど考えたり努力をすることなく、幸せについて行動しているからなのかもしれませんね。ほとんど宝くじが当たったようなものですからね。
この、大人と子どもでだいぶ見え方が変わる、皮肉めいた最後の場面もこの絵本のとてもおもしろいところです。
見終わったらぜひ、子どもたちのブタの幸せに対する感想も聞いてみてください。幸せなどの哲学的テーマって子どもたちから思いも寄らない答えが返ってきたりしておもしろいですよ。
二言まとめ
ブタの夫婦が農園と人間の街での暮らしを経験し、幸せに対する考え方が変わっていく様子がおもしろい。
「幸せってなんだろう?」と、普段当たり前に使っている「幸せ」を深く考えるきっかけになってくれる哲学的な絵本です。
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