著:ユヴァル・ノア・ハラリ 訳:柴田裕之 出版河出書房新社
戦争と科学革命の時代だった20世紀。
そこから見ると、世界は驚くほど平和になっている。
そして、科学の進歩によって、これまでとは比べ物にならない規模と質の革命が予測される21世紀。
「AIの進化で、40年後には今の仕事のほとんどがなくなっている」と言われたりもしている。
- そんな激動の21世紀を生きるために。
- 平和を維持するために。
- 地球の上で生き続けるために。
私たちにはどんな思考が必要になってくるのだろう。
本書では著者ユヴァル・ノア・ハラリならではの、歴史的な根拠と、深く幅広い知識をもとにした考察によって、21の思考法が提案される。
すなわち「幻滅、雇用、自由、平等、コミュニティ、文明、ナショナリズム、宗教、移民、テロ、戦争、謙虚さ、神、世俗主義、無知、正義、ポスト・トゥルース、SF、教育、意味、瞑想」という、21のテーマである。
そのどれもが避けては通れず、一人一人が考えていかなければならないテーマでもある。
これらを鋭い切り口と、歯に衣着せぬ物言いで、その骨組みまでもあらわにする本書。
きっと、視野と世界を広げてくれる、新たな思考法と出会えるでしょう。
『21Lessons』のすご過ぎるところ
本書ではまさに「今」について語られます。
トランプ政権とナショナリズムや、イスラム国とテロ、地球温暖化問題、宗教対立など、日々ニュースでも目にするようなテーマがふんだんに盛り込まれています。
ただ、それは「こうするべき」などと言うものではありません。
まず、一つ一つを丁寧に考察していきます。
宗教を例にとってみると、多くの宗教では永遠性や連続性を根拠に、その絶対性などが生まれることが多くなる。
それが、唯一神であれば、他の宗教を否定することも多い。
しかし、宇宙規模で見た時、その永遠性には疑問が出てくる。
人類の歴史を原始時代から見ても、地球の時間軸で考えたらほんの一瞬であり、宗教の発生から見たらたかだか数千年でしかない。
だが、宗教が救いになったり、心のよりどころになっていることを否定するつもりはない。
ただ、自分の神を信じつつも、他の宗教への寛容さは必要なのではないか?
とても簡単にまとめたので、ざっくりですが、本書の中ではより説得力のある根拠が示されます。
このように、現在の状況からただ批判するだけでなく、その歴史的背景や、一段広い視野で見た時にどうなのかといった、そのテーマへの新しい視点を提案してくれる作りになっているのです。
だからこそ、「鵜呑みにする」のではなく、「自分で考える」ためのツールとなってくれるのです。
全てのテーマが魅力に溢れ、刺激的なのですが、21の思考法を全て紹介することは出来ません。
なので、ここでは特に魅力的だと思った3点をお伝えできればと思います。
それは・・・
- 全ての物事を俯瞰して見ることの大切さを、歴史的根拠や具体例とともに伝えてくれる
- グローバル社会で、個の力がどれだけ大切で影響力があるか再認識させられる
- 虚構や物語の強大さが現代社会の例を通して浮き彫りになる
の3点です。
これらは21のテーマではなく、本書全体を通して語られる魅力です。
早速、一つずつ紹介していきましょう。
全ての物事を俯瞰して見ることの大切さを、歴史的根拠や具体例とともに伝えてくれる
先の宗教の例でも見ましたが、本書では視野を広げて物事を見ることが非常に重要視されています。
宗教も、ナショナリズムも、テロも、一段俯瞰した視点で見ると、その本質が見えてきます。
もちろん、俯瞰的に見るためには、多くの知識が必要です。
特に歴史的な背景は見逃せません。
それらは急に出てきたのではなく、歴史の流れの中で現れたものだからです。
また、多くの考え方の拠り所として、過去の歴史を根拠にしているものも多いのです。
宗教も、ナショナリズムも、テロも、過去の栄光への回帰を謳っていることが多かったりします。
その中で、歴史を俯瞰的に見て、正しく分析し、現在の考え方と議論することは非常に大切なことなのです。
ただ、そこには客観性に基づいた根拠がないと、ただ意見をぶつけ合うだけになってしまいます。
そこで明確な根拠を一つ一つ示しつつ、考えを展開していくのが、著者の真骨頂なのです。
例えば、宗教の例で言うと、聖書の年代特定などが根拠の一つとなっています。
これは幅広過ぎる知識を持つ著者だからこそ持ちうる説得力だと思います。
こうして、そのテーマについてだけでなく、しっかりとした根拠に基づいて、俯瞰的に視野を広く物事を見る姿勢や、その大切さを本書全体を通して伝えてくれるのです。
グローバル社会で、個の力がどれだけ大切で影響力があるか再認識させられる
俯瞰的な視野を持ったうえで、一人一人が考えることの重要性についても語られます。
著者は言います。
「現代はこれまでのどの時代よりも個の力や影響力が大きい時代」だと。
それはITの進化により、歴史上類を見ないほどのグローバル化が進んだからです。
今や、個の発信が世界に大きな影響を与えることもあります。
大きな炎上を引き起こすこともあります。
それだけ個の力が強まった今だからこそ必要なのが、それぞれが考えることなのです。
テロを例にとってみましょう。
テロと言うのは、とても弱い力です。
なぜなら、弱いものが強いものへ取る戦術だからです。
テロ一つで、アメリカを崩壊させることは出来ません。
しかし、このテロによって、アメリカは中東の戦争へと足を突っ込むことになりました。
その原動力は恐怖です。
人々のテロへの恐怖が、報復への道を後押しし、見事に泥沼化に引き込んだのです。
これがテロの本質であり、ネズミの一噛みで巨人を動かす仕組みなのです。
つまり、皆がその仕組みを知り、適切に対処すれば、テロは大きな力を持ちえません。
そこで大切なのが一人一人が考えることなのです。
一見、大きな流れの中でどうしようもないことも、細分化して考えていくと、その原動力は物語に煽られた個人なのです。
特に、民主主義の時代にあってはなおさらです。
多くの要素が複雑に絡み合い過ぎて、非常にわかりにくくなった今の時代だからこそ、一度視野を広げて物事を見て、立ち止まって考えることが必要なのです。
本書では視野が狭いまま突き進んでしまった例なども交え、その大切さと必要性を突きつけられるのです。
虚構や物語の強大さが、現代社会の例を通して浮き彫りになる
著者が重要視している概念に、虚構や物語があります。
これは神話など、昔から人類を組織化するのに必要不可欠なものでした。
現代ではそれがより顕著になっています。
資本主義、国家、会社など、一見すると実在するそれらのものも、突き詰めていくと概念であり、虚構であり、物語であることがわかります。
それを大勢の人が信じているから成り立っているのです。
そう考えると、現代の社会がどれだけ虚構と物語に依存した社会であるのか、少し背筋が寒くなる思いがします。
これは裏を返せば、虚構や物語が事実に反していても、真実になりえることも意味します。
その最たるものがフェイクニュースです。
著者は言います。
宗教もフェイクニュースとなんら変わらないと。
それを信じている人の規模が大きいために、真実と認識されるに至ったのだと。
そして、今現在も虚構と物語は猛威をふるい続けています。
ナショナリズム、差別、国土問題・・・。
例を挙げられれば挙げられるほど、そこに抗うことの難しさや、人類にとってこれらがどれだけ強力なものかが浮き彫りにされていきます。
もちろん、これらは悪ではありません。
人類が社会を営んでいくのに必要不可欠なものです。
現代の平和も、虚構と物語があったからこそ成り立っているものでもあります。
ただ、その世界の複雑さから目を背けてはいけません。
もちろん完璧に理解することなど不可能なほど、世界は複雑になっています。
その複雑さを認めたうえで、学び、知り、考える努力をすることが大事なのです。
考えることをやめ、フェイクニュースを真実だと突き進んだ例が、ナチスドイツであり、大日本帝国なのですから。
まとめ
本書では21のテーマについて、示唆に富む考察がなされています。
その全てを通して伝わってくることは、世界の複雑さです。
単純に考えられることなど一つもなく、全てのものが絡み合い、影響しあっています。
その途方もなさに、考えることをやめてしまいたくなります。
しかし、著者は言います。
「自分で考え、選択をしていけ」と。
「世界が複雑であることを認めたうえで、その中での「確かさ」を探し、考え続けろ」と。
きっと、一人一人が考え続けることが、平和を環境を人類を存続させことになるのですから。
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