マンマルさん(4歳~)

絵本

文:マック・バーネット 絵:ジョン・クラッセン 訳:長谷川義史 出版:クレヨンハウス

丸と三角と四角のかわいいキャラクター。

3人でかくれんぼをすることに。

ほんわかした絵本かと思いきや・・・。

徐々にホラーの世界へと足を踏み入れていくのです。

あらすじ

体の丸いマンマルさんが、滝に打たれていました。

ある日、マンマルさんが、四角いシカクさんと、三角のサンカクさんの3人で、滝の近くで遊んでいた。

3人はかくれんぼをすることになり、マンマルさんが鬼になった。

始める前に、滝の後ろに隠れるのは無しになった。

理由は真っ暗だから。

かくれんぼが始まり、マンマルさんが10数える。

目を開け探しに行こうとすると、目の前にシカクさんがいた。

シカクさんはマンマルさんに、サンカクさんが滝の後ろに隠れたことを伝えた。

マンマルさんは、しょうがないからサンカクさんを探しに滝の中へ入っていった。

シカクさんは暗闇が怖いので、入り口で待っていることにした。

滝の向こう側はシーンとしていた。

マンマルさんは、大きな声でサンカクさんに呼びかけるが返事がない。

奥に行くとさらに薄暗くなった。

また呼びかけるが返事がない。

もっと奥へ進むと、真っ暗で何も見えない。

そんな中、向こう側に目が見えた。

マンマルさんは、サンカクさんへ約束を守れないことへの文句を言った。

でも、返事がない。

マンマルさんは、サンカクさんが怒ったのだと思い謝った。

サンカクさんのことが好きだということも伝えた。

すると、後ろから「おおきに」と声がした。

サンカクさんだった。

マンマルさんは、さっきまで話していたのがシカクさんだと思い。

2人に会えてよかったと喜んだ。

それを聞いたサンカクさんは言った。

「シカクさんは外にいる。あの目はマンマルさんだと思っていた」と・・・。

『マンマルさん』の素敵なところ

  • 少しずつ迷い込んでいくホラーの世界
  • ホラーに似つかわしくないかわいいキャラクターたち
  • ただ怖いで終わらないおもしろさ

少しずつ迷い込んでいくホラーの世界

この絵本のおもしろく恐ろしいところは、知らず知らずのうちにホラーの世界へ迷い込んでしまうところです。

赤ちゃん絵本と見間違うようなキャラクターが、かくれんぼを始めます。

そこからホラーが始まるなんて思いもしません。

薄暗がりから、暗くなり、真っ暗へ・・・。

少しずつ雰囲気が出てきます。

呼びかけるたびの「返事あれへん」が、ドキドキ感を盛り上げます。

子どもたちも、サンカクさんがいると思っていたのに、いないので「消えちゃったのかな?」と不安感が芽生えます。

そして、だいぶ奥に来た時に見つけた目。

「サンカクさんだ!」と、ドキドキしていた子どもも安心します。

でも、なにを言っても「返事あれへん」。

子どもの胸にまた不安感が膨らみます?

「あれ?サンカクさんだよね・・・?」

ざわざわし始めます。

そして、とどめの後ろから出てくる本物のサンカクさん。

子どもの恐怖はピークに達します。

「え!?じゃあ、あれは・・・?」

この流れ、言葉のチョイス、間、全てが完璧!

極上のホラーが体験できるのが本当に素敵なところです。

ホラーに似つかわしくないかわいいキャラクターたち

そんな物語は、丸、三角、四角という、ホラーには似つかわしくないキャラクターたちで描かれます。

これがまたすごくて素敵なところです。

それは、見た目の視覚的な怖さに頼らずに、ここまでのホラー体験をさせてくれているということだからです。

鬼が出てきたり、オバケが出てきたり、そんな怖さとは一味違います。

気付いてしまった時にゾクッとする、得体のしれないあの感じ。

これは中々絵本では味わえないものだと思います。

同時に、キャラクターのかわいさが、不安と安心のいいバランスになっている部分でもあるのでしょう。

怖いけれど、なんだか安心して見られる。

そんな不思議さがこの絵本にはあるのです。

ただ怖いで終わらないおもしろさ

また、ただ怖いだけで終わらないのも、この絵本の素敵なところ。

最後の場面で、あれはなんだったのかという疑問を思い起こさせてくれます。

別に悪さをした訳ではありません。

ただ、立っていただけです。

姿かたちだけでなく、悪いものなのか、いいものなのかも定かではありません。

「あー怖かった」から、「あれはなんだったんだろう?」と、より深い考察へ自然と導いてくれるのです。

だからこそ、子どもたちも読み終わった後に、あれこれ考えるのでしょう。

もう一度真剣に見返しながら、話し合っているのが印象的。

「きっと大きい怪物みたいな形なんだよ」

「ダイヤとか星の形なのかも」

といったように、怖いもの、マンマルさんたちに近しいものなど、色々な解釈をしていました。

「続きあったらいいのにな~」

「『サンカクさん』を読んだらわかるかも」

という期待をしているのもおもしろいところです。

二言まとめ

ほのぼのとした始まりからは想像もできない、ホラーな世界が広がっていく。

精神的なホラーの怖さとおもしろさを、存分に味わえる絵本です。

コメント

  1. √6意味知ってると舌安泰 より:

     ≪…あれはなんだったのか…≫を、「仙厓の〇△□」の[円相図]の賛 [ を月様 幾つ 十三七つ ]が、その画の時代の今様の出だしになっている。
     〇に棲む△□が、十進法の基における西洋数学の成果の演算符号の[√]を創りだすのを〇の外で眺めると、[1]と[π]は、なぞり逢にてお友達になれる。
     これを、今の今様の本歌取りで、【円周率】や【ヒフミヨえん】を見つける・・・

    • こちらこそ、いつもコメントありがとうございます!
      マンマルさん、サンカクさん、シカクさんは、単純に子どもが親しみやすい形だから、このキャラクターにしたのだと思って読んでいました。
      けれど、「あれはなんだったのか・・・」というフレーズが、「仙厓の〇△□」に繋がっていると考えると、数学的な要素を含ませた、3人の関係性だったり、物語の展開だったりするのかもしれないですね。
      もし、そこまで含ませたうえで、こんなにもおもしろく読みやすい物語を作り出しているのだとしたら、作者は本当にすごいなと思います。
      そして、ジョン・クラッセンならあり得るなとも・・・。

  2. 虚明自照(ブッダの公式)  より:

     ≪…ジョン・クラッセンならあり得るなとも・・・。…≫は、アルキメデスの[エウレカ]かも・・・
     「マンマルさん」のラストシーンに、【 1 2 3 】 がある。
    これは、円錐体 球体 円柱体 の体積比[ 1:2:3 ] かも・・・
    このカタチは、それぞれ、上から見れば[ 〇 〇 〇 ]の形、横から見れば[ △ 〇 □ ]の形である。
     そして、円錐体 球体 は、円柱体(2π)から切り出せるモノであり、「すうがくでせかいをみるの」的には、計算と単位化(割るというコト(π))するのが[π]が隠れた自然数 1 2 3 の姿と・・・
     円柱(2π)体の[2]は、[円]と[線]の『枷』で、[直径]=2[半径]であり、いわば数の言葉の『枷』の隠れた姿(1+1=2)かもしれない・・・ 

     円柱体の高さを「すうがくでせかいをみるの」的に[e-1]にすると、[π体]を切り出すコトができ『釣鐘体』と『富士山体』に生る。
     『富士山体』は、[π(e-2)]体の衣替えで、自然数が進んで行く光景に観える・・・
     2月23日(富士山の日)の2日後、2月25日( π(e-2)=2.25…)を自然数の日に・・・ 

    • お久しぶりです!またコメントいただけて嬉しいです!
      ジョン・クラッセンのまんまる・さんかく・しかくを、立体として見る視点、とてもおもしろいですね。そんな発想微塵も思いつきませんでした。
      確かに、絵本上は2次元ですが、アニメ化などしたら実は円錐や球かもしれないですよね。もしそんなところまで考えていたとしたら、ジョン・クラッセン恐るべしです。
      そんなことを考えて作っていなくても、その視点で考察できるコメント主さんもまた恐るべしだと思っています。
      絵本を2次元で見ない視点、とても刺激的で、自分の中に持っておきたいところです。
      数字を枷と見る視点もおもしろく、ぼく含め、一般的には数字は抽象的なふわっとしたものに見えていますが、数学の世界に入れる人は、数字を生き物のような具体的なものとしてみているんだろうなと思ってしまいました。
      コメント主さんのコメントは、きっと数学の世界の中で生きている数字たちの一部を、数字を抽象として見ているぼくに伝えてくれているから刺激的でおもしろいのだと感じます。
      いつも、たくさんの気付きをくれてありがとうございます^^

  3. ヒフミヨ巡礼道(R371) より:

     ≪…本質のぎゅっと詰まった哲学的絵本…≫を、「マンマルさん」と似た「まんまるさま」(有田川町ウエブライブラリー)の[寓意]が、[1 2 3 4 5 6 7 8 9]と[〇]で、穿った観方をすれば[数の言葉の世界]での[0]のはたらきが[宇宙]とお話できると・・・
     作者の意図はわからないが・・・

    「もろはのつるぎの」の感想の記事を見つける。
     
    【 もろはのつるぎ
    わかっているようでわかっていない事は山ほどある。自分は知っていると思っていても実は見当違いの理解をしている事もおそらく山ほどある。

    (1) —————————————
    サン=テグジュペリの「星の王子さま(Le Petit Prince)*1」の冒頭で主人公が6歳の頃に書いた絵のエピソードが出てくる。〔*1 内藤濯の訳語〕
    もろはのつるぎ_f0171581_22395522.png
    主人公がこの絵を大人に見せて「こわいでしょう?」と聞いてまわると、大人は皆、「どうして帽子がこわいの?」

    〔以下の引用は青空文庫「あのときの王子くん(Le Petit Prince)大久保ゆう訳」から〕

    「この絵は、ぼうしなんかじゃなかった。ボアがゾウをおなかのなかでとかしている絵だった。だから、ぼくはボアのなかみをかいて、おとなのひとにもうまくわかるようにした。あのひとたちは、いつもはっきりしてないとだめなんだ。」

    「おとなのひとは、ボアの絵なんてなかが見えても見えなくてもどうでもいい、とにかく、ちりやれきし、さんすうやこくごのべんきょうをしなさいと、ぼくにいいつけた。というわけで、ぼくは6さいで絵かきになるゆめをあきらめた。さくひんばんごう1と2がだめだったから、めげてしまったんだ。おとなのひとはじぶんではまったくなんにもわからないから、子どもはくたびれてしまう。いつもいつもはっきりさせなきゃいけなくて。」

    「すこしかしこそうなひとを見つけると、ぼくはいつも、とっておきのさくひんばんごう1を見せてみることにしていた。ほんとうのことがわかるひとなのか知りたかったから。でもかえってくるのは、きまって「ぼうしだね。」って。そういうひとには、ボアのことも、しぜんの森のことも、星のこともしゃべらない。むこうに合わせて、トランプやゴルフ、せいじやネクタイのことをしゃべる。するとおとなのひとは、ものごとがはっきりわかっているひととおちかづきになれて、とてもうれしそうだった。」

    (2) ——————————————
    下の数字列の中に「3」はいくつあるでしょう?
    555553555553555555553555555555555555355555555553
    555555555555555355555555535555553555555555555555

    普通の人は目がチラチラしながら数えて、数秒から十秒近くはかかるのではないだろうか?見落としたりカウントを間違えてしまうかもしれない。

    「数字に色がついて見える」共感覚の持ち主なら正解をほぼ瞬時に答えることができる。彼(彼女)には、例えば次のように見えるから
    555553555553555555553555555555555555355555555553
    555555555555555355555555535555553555555555555555

    (3) ——————————————
    NHKのチコちゃんで四つ葉のクローバーを探すのを放送していた。簡単に見つける人はあっという間に手にいっぱい集められるのに、そうでない人は場所を変えても見つけられない。私は後者で、悔しいことに今までトライして見つけたことが一度もない。20cmや30cm四方の緑の群落を目でサーチしたとき前者には特別な見え方がするのだと思っている。

    (4) ——————————————
    ラマヌジャンというインド人の数学の天才がいた。
    病床の彼をケンブリッジ大学のハーディが見舞ったときのエピソード。

    ハーディが
    「乗ってきたタクシーのナンバーは1729だった。さして特徴のない数字だったよ」と言うとラマヌジャンは即座に次のように答えたという。

    「そんなことはありません。とても興味深い数字です。それは2通りの2つの立方数の和で表せる最小の数です」

    実は、1729は次のように表すことができる。
    1729 = 123 + 13 = 103 + 93
    ラマヌジャンは1729が

      A = B3 + C3 = D3 + E3

    という形で表すことのできる数Aのうち最少のものであることを即座に指摘したのである。ラマヌジャンにとって「すべての数字は友達」のようなものだった。

    (5) ——————————————
    数学者の岡潔は随筆集「春宵十話」のなかで書いている。

    「人の中心は情緒である。(中略)数学とはどういうものかというと、自らの情緒を外に表現することによって作り出す学問芸術の一つであって、知性の文字板に、欧米人が数学と呼んでいる形式に表現するものである。」

    「数学上の発見には、それがそうであることの証拠のように、必ず鋭い喜びが伴うものである。この喜びがどんなものかと問われれば、チョウを採集しようと思って出かけ、みごとなやつが木にとまっているのを見たときの気持ちだと答えたい。」

    「大学三年のときのこと、お昼に教室でべんとうを食べながら同級生と議論をして、その終わりに私はこういった。『ぼくは計算も論理もない数学をしてみたいと思っている』すると、傍観していた他の一人が『ずいぶん変な数学ですなあ』と突然奇声を上げた。私も驚いたが、教室の隣は先生方の食堂になっていたから、かっこうの話題になったのであろう、あとでさまざまにひやかされた。ところが、この計算も論理もみな妄智なのである。私は真剣になれば計算がどうにか指折り数えることしかできず、論理は念頭に浮かばない。そんなことをするためには意識の流れを一度そこで切らなければならないが、これは決して切ってはならないものである。計算や論理は数学の本体ではないのである。」

    (6) ——————————————
    和歌山県には昨年初めて行った。初めて耳にするクマゼミの騒音のような鳴き声にビックリした。和歌山市と有田市の往復だったが山頂まで広がるミカン畑とその傾斜には驚いた。何十年も「Arita」と読んで疑わなかったが「Arida」と濁ることを知って愕然とした。十代の頃たしか田辺だったか全く見知らぬ同世代の男性から手紙をもらった。数学についての内容だったと記憶している。返事は出さずじまいだった。

    有田川町は有田市の東南東に位置し有田川の上流になる。明恵上人の生誕地でもある。有田川町では絵本コンクールを実施していて、2019年(第9回)のコンクールの作品がネットで読めるようになっている。

    (7) ——————————————
    「もろはのつるぎ」はそのコンクール受賞作品の1つ。

    私は大人になってから、見ている「漢字」が字画ごとにバラバラに分解するというイメージが強くなって困ったことがある。たとえば「字」という漢字はそれはそれで読めるのだが、ふとした瞬間に「ウ」と「子」に分解するという奇妙な感覚である。
    「奇」が「大」と「可」に。「妙」が「女」と「少」に、という具合。それぞれが自己主張をし始めるような感覚。

    だらか「もろはのつるぎ」の内容は感覚的に何となく理解できる。

    線をひっぱったり曲げたりつなげたりするのはAdobeの「Illustrator」のベジェ曲線の「アンカーポイント」や「コーナーポイント」「クローズパス」などの操作に似ています。「Illustrator」は見かけは「お絵かきツール」、でも奥では膨大な数学的な処理が行われている。  】

    • 今回もコメントありがとうございます!返信が遅くなってしまい、申し訳ありません。
      とても、おもしろい感想記事ですね。学校教育の中で刷り込まれた来た、数学に対する感覚が一変するような内容でした。
      一生懸命考えるのではなく、感性で数学を感じ取るというのは、とても楽しい感覚なのでしょうね。それこそ世界の見え方が変わるような。
      ヒフミヨ巡礼道さんも、そういう見え方をしている人なのだろうなぁと、勝手に感じていたりします。
      同時に、この感覚って人によって数学以外のものに対して、自然に感じるものなのだろうなとも思いました。色や言葉、景色や生き物などなど。
      その人によって、自然に自分と共鳴するものに対する感覚。
      それを知っていると、理系で論理的でとっつきにくいイメージが持たれがちな数学ですが、とても親しみ深いものになるんじゃないかなと。
      あとは、この感覚って数学をやっているうちに身に着いたり、目覚めたりするものなのでしょうか?もしそうなら、それを味わってみたい。
      あと、お絵描きツールの奥で、膨大な数学的処理が行われているという、目線も新しい発見をもらえる言葉でした。
      これって、まさに数学に対する共感覚を、お絵描きツールを媒介として、ぼくたちにも感じられるようにしてくれたもののような気がして。
      今のデジタル社会は数学がないと成り立たない世界で、たくさんのもののベースとして使われているけれど、そこに気付いていないだけ。
      ぼくたちは、数学で形になった、制作者の思い(サービス)を日々使っているのですよね。
      そう考えると、文字を紡いで思いを本にするように、数学という表現手段を使って思いを形にしているのだろなって。
      今回のコメントをいただけて、数学について「考えるもの」だと思っていた視点に、「感じる」ものだという視点が加わりました。
      きっと、一朝一夕で感じることはできないのだろけれど、いつか少しでもその感覚を味わってみたいものです。

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