お元気様です!
登る保育士ホイクライマーです。
保育士をしていてよく言われることが2つあります。
それは、
- 保護者からの「保育園ではちゃんと言うこと聞くよね」
- 新人保育者からの「どうやったら子どもが動いてくれるのかわかりません」
という言葉です。
これに対しての答えは大体一つで、
- 保護者には「保育園は集団生活の場だから、他の子を見てやる気になったりするのだと思います」
- 新人保育者には「信頼関係ができているからじゃないかな」
というのが、鉄板の回答ではないでしょうか?
ちなみに、ぼくもよくこの答えを言っていました。
けれど、この答えに、どこか違和感を覚えている方は多いと思うのです。
なぜなら、怒っている子にも言葉を届けられる保護者もいるし、初対面で子どもを魅了してしまう保育者もいるからです。
では、言葉が届くor届かないの差はなんなのでしょう?
そんなことを考えていた時、『ナラティヴとしての保育学』(著:磯部裕子・山内紀幸)という本の中で、「保育のジャーゴン」という考え方に出会いました。
ジャーゴンとは職業内で使う専門用語のこと。
ですが、保育者の使うジャーゴンはとても特殊だというのです。
そして、その特殊性こそが、保育者の専門性の源であり、子どもに言葉を届ける技術でもあると。
今回は、そんな「保育のジャーゴン」について考えていきたいと思います。
- 届く言葉と届かない言葉の違いってなんだろう?
- 保育者の専門性ってなんだろ?
- いつまで経っても、子どもに言葉が届かない
こんなことを考えている方には、とてもおもしろい内容となっていますので、ぜひ最後まで見ていってください。
では、いってみましょう!
ジャーゴンとはなにか?
みなさんはジャーゴンという言葉を聞いたことがありますか?
ぼくは、本書で初めて知りました。
ジャーゴンとは、特定の職業集団の間だけで通用する特殊な職業言語のこと。
みなさんもよく耳にするのは、刑事ドラマなどで出てくる容疑者のことを「ホシ」と言う場面などでしょうか。
このジャーゴンには大きく3つの働きがあります。
1つ目は隠語。
その職業集団以外の人に秘密が漏れないようにするというもの。
刑事の「ホシ」や「クロ」などはまさにこれに当たります。
飲食店などで休憩に行く時の「4番入ります」なども、ジャーゴンです。
2つ目は略語。
医療現場などでよく見られ「オペ」や「アポ」など、長い言葉を短くするものです。
ちなみに「オペ」は「オペレーション(手術)」、「アポ」は「アポプレキシー(脳卒中)」の略語です。
3つ目は仲間意識を向上させること。
これらの隠語や略語を使うことで、その集団への帰属意識が高まります。
これはみなさんも経験があるのではないでしょうか?
仲間内での決まった挨拶や、ローカルルールなどもこれに当たります。
さて、こうしてジャーゴンについて見てきました。
では、保育におけるジャーゴンとはなんなのでしょう?
「保育指針の用語が使える?」
「乱暴な子の特性を元気と言い換える?」
この3つに当てはまらなくもないけれど、どうもしっくりきません。
なにより、これらが保育のジャーゴンだとしたら、子どもと関わる際には使わないものでしょう。
ここに保育のジャーゴンの特殊性があると、この本の筆者はいいます。
次の項目で、この保育のジャーゴンについて見ていきましょう。
保育のジャーゴンの特殊性
まず、保育のジャーゴンは2種類あると考えられます。
1つ目は子どもとの関わりの中で使う「保育実践ジャーゴン」。
2つ目はカリキュラムなどを書く際に使う「保育指導案ジャーゴン」です。
今回は、1つ目の「保育実践ジャーゴン」について詳しく見ていきます。
別の記事で「保育指導案ジャーゴン」についてもご紹介できたらと思っていますので、記事ができたら、ぜひそちらもご覧ください。
では、さっそく、保育実践ジャーゴンとはどんな言葉のことを言うのでしょう?
これは例えを出した方がわかりやすいかもしれません。
部屋の中で2歳児の子どもたちに、まっすぐ一列になって欲しい場面を思い浮かべてみてください。
この時「まっすぐ並んで」と言っても、子どもたちは恐らく並ばないでしょう。
並んでほしい場所には来るけれど、それぞれが思い思いの場所に散っていることになると思います。
そんな時、保育者がよく言う言葉がありあります。
それは「電車になって」という言葉。
そうすると、子どもたちは「電車のようにまっすぐ」、「電車のように繋がる」がイメージでき、まっすぐな列になることができるのです。
反対に、曲がっている時は、「ヘビさんみたいだよ」と言うと、「ヘビのように曲がっているからまっすぐにね」というメッセージとなります。
他にも静かにして欲しい時に「忍者に変身するよ」などもよく言う言葉です。
そして、これらの言葉がまさに保育実践ジャーゴンなのです。
ただ、ここには通常のジャーゴンとは異質な特殊性があります。
それは、一つの言葉が様々な意味を持つからです。
例えば「電車になって」は、並んでほしい場面であれば「まっすぐに」、くっついた状態で動きたい場合には「繋がったままで」、速く動いてもらいたい場合には「急いで」というメッセージになります。
「ヘビさんみたいだよ」は、まっすぐになって欲しい場合は「曲がっているよ」、公園で見つけたものに言う場合は「ヘビみたいな形」、姿勢を正してほしい場合は「背中が曲がっている」というメッセージになるのです。
つまり、その場面や文脈の中で意味が変わっていくのです。
同時に、それを使いこなすということは、子どもとの文脈を読み取り、そこにふさわしい生きた言葉を選び使えるということ。
それこそが、保育者の専門性であり、保育者の言葉が子どもに届く理由でもあるのです。
保育実践ジャーゴン9つのカテゴリー
これまでの説明で、なんとなく保育実践ジャーゴンがどんなものかわかってきたと思います。
ですが、具体例をもう少し出した方が、よりしっくりくるでしょう。
そこで、ここでは保育の中でよく使う言葉を、9つにカテゴリ―わけしてみていこうと思います。
1,対象の擬人化
- おもちゃがお出かけしちゃったよ(どこかに行ってしまったよ)
- おくつが痛い痛いだよ(壊れちゃうよ)
- ハサミが迷子だよ(片付け忘れているよ)
2,子どものモノ化・動物化
- ヒヨコさんになって(小さく座って)
- アリさんの声(小さな声)
- 新幹線になっていこう(急いでいこう)
3,他動作への置き換え
- お空を見ましょう(背中を逸らす)
- ロケットみたいに(高く)
- おへそをこちらに向けて(話し手の方に体と視線を向けて)
4,子どもの特別呼称・敬称
- お掃除チャンピオン
- 立ち歩く子は赤ちゃんかな?
- ○○名人・○○博士
5,対象の別名称化
- 魔法の水・お茶(ただの水やお茶)
- ぴっかん(完食)
- お城へどうぞ(ただのソファ)
6,動作・状態の擬態化
- お皿をがっちゃんする(重ねる)
- ガラガラする(うがいをする)
- もぐもぐする(よく噛む)
7,幼児語の動詞化
- ポンポンする(検診する)
- ワンワンになる(四つん這いになる)
- ねんねだよ(横になって寝る)
8,事物の丁寧化
- お集まり
- お帰り
- お片付け
9,リズムのある掛け声
- いちに、いちに
- うんとこしょ、どっこいしょ
- せーの
自分もよく使う言葉も入っていたでしょうか?
ぜひ、その言葉が、どんなカテゴリーに入っていて、どんな働きをしているのか見てみてください。
保育実践ジャーゴンは子どもの文脈に変化を起こす
先ほどは、保育実践ジャーゴンの9つのカテゴリーについてみていきました。
では、ここからはこの保育実践ジャーゴンが、なぜ子どもによく届くのかを深掘りしていきたいと思います。
この9つのカテゴリーですが、実は大きく2つの役割にわけられます。
それが、
- 置き換える言葉(文脈置換)
- つながる言葉(文脈促進)
という2つの役割です。
9つのカテゴリーの1~5は置き換える言葉に、6~9はつながる言葉に分類できます。
これらの言葉は、子どもになにかの行動を促す言葉です。
では、その中でこの二つの役割の違いを見ていきましょう。
置き換える言葉(文脈置換)
子どもになにかを促す場合、基本的には「子どもー保育者」という関係の中で伝えられるでしょう。
場合によっては、「保育者→子ども」という一方的な指示にもなりがちです。
ですが、これだと「言われたからやる」「保育者がいるからやる」という受動的な態度が身についていくことになってしまいます。
そこで置き換える言葉が使われるのです。
例えば擬人化であれば、「子どもー保育者」という関係性を「子どもー感情を持った対象」という関係性に置き換えます。
すると、言われたからやるという行動理由から、「ハサミが迷子で泣いてるから、おうちに返してあげなきゃ」といった、自発的な行動理由へと変わるのです。
子どものモノ化で言えば、日常的な「私」を、「忍者としての私」へと置き換えます。それにより忍者の世界に入り込むことで、自発的に忍者のような行動をすることになるのです。
つまり、置き換える言葉は「言われたからやる」という行動原理から、「主体的にやる」という行動原理へと、子どもを促すための言葉なのです。
つながる言葉(文脈促進)
反対に、つながる言葉は、「子どもー保育者」という関係性を前提とした言葉です。
その中で、わかりやすく言葉や意図を伝えるという役割を持っていて、主に3歳未満児に使われます。
例えば、動作・状態の擬態化と幼児語の動詞化であれば、体の動きを言葉にしたものが使われます。
「もぐもぐする」は、噛んで食べる動作を言葉にしたものです。
言葉を覚えたての子どもは、まず言葉の中の名詞を探し、意味づけを行いながら言葉を理解します。
その時に、もぐもぐ、ガラガラなどの、擬態化された言葉は、非常に見つけやすいのです。
また見つけやすいだけでなく、どうすればよいのかが直感的にわかりやすいのも大切なところ。
子どもは体を動かしながら、言葉を覚えていくと言われています。
その時に、動作が言葉になっているので、「もぐもぐ」が「口を動かし噛む」という意味であることが直感的につながります。
こうして「もぐもぐ」という1語が、子どもの中で「噛む」「よく噛んで」「食べる」など、色々な語へと意味づけされ、それが成長につれ言葉として出てくるのです。
また、事物の丁寧化や、リズムのある掛け声もわかりやすく言葉を伝えるという役割は変わりません。
保育者の言葉が、ただの環境音として通り過ぎていかないように、子どもが聞き取りやすい形へと言葉を変えているのです。
つまり、つながる言葉とは、まだ言葉が届きにくい子どもへ「子どもー保育者」間を繋げるための言葉なのです。
なぜ保育実践ジャーゴンは子どもを動かすのか?
最後に、「保育実践ジャーゴンは、なぜ子どもを動かすのか?」についてまとめておこうと思います。
それは一言で言うと、保育実践ジャーゴンが子どもの「いま・ここ」に則した「生きた言葉」であるからです。
きっと、子どもたちを見ていれば、どれだけ「いま・ここ」を全力で生きているかわかることでしょう。
その子どもたちに抽象的な言葉や、「大人になった時に・・・」などの遠い未来の話など、ほとんど意味をなしません。
一番通じるのは「いま・ここ」の興味を、楽しさやほんの少しの未来へと繋げることです。
また、子どもには独自の言語体系が存在します。
それは小さい子どもであればあるほど、大人とは異なったものになっていきます。
だからこそ、その子の「いま・ここ」に合わせた言葉を使うことが、子どもと通じ合うことに繋がり、子どもの行動を促すことにもなるのです。
ここで、今一度「言葉が届く保育者・保護者と届かない人はなにが違うんだろう?」という疑問に立ち返ってみたいと思います。
その答えは、‟子どもの「いま・ここ」に合わせた生きた言葉を使えているから”なのではないでしょうか?
「早く帰って、夜ご飯食べようよ!」と「今日の夜ご飯、なににするか歩きながら一緒に考えてくれる?」
「さあ、自転車に乗って!遅刻しちゃう!」と「快速保育園行の電車が出発します、ドアが閉まりますのでご乗車の方はお急ぎください」
どちらの方が、子どもの行動を促しやすそうでしょうか?
これらは、他の場面ではきっと意味をなさないでしょう。
その場、その時、その状況においてのみ、意味をなす「生きた言葉」なのです。
もし、子どもに言葉が届かないと思った時には、自分が「生きた言葉」を使っているか、「子どもー保育者」の指示関係になっていないか、今一度見直してみると、新たな気付きがあるかもしれません。
まとめ
いかがだったでしょうか?
今回は保育者が使う独自の言葉遣い、保育のジャーゴンについてお伝えしてきました。
保育慣れしている保育者は、自然とつかっているので、その存在や専門性に気付きにくいものだと思います。
それ故に、保護者や新人保育者に「なぜ?」と言われた時、明確に答えられないという状態に陥りがちだったり、そもそも自分の専門性の高さを自覚できていないことへも繋がっているのではないでしょうか?
「子どもに響く言葉を使えること」
これは間違いなく、保育者の非常に高度な専門性です。
使いこなせている保育者にはぜひ誇りに思って欲しいと思います。
同時に、まだよくわからない保育者の方には、この記事を参考に、ぜひ「生きた言葉」を身につけて欲しいと思います。
「生きた言葉」が使えるようになった後には、これまでとは別世界だと思えるほどおもしろい世界が待っていますから。
この記事で紹介した、保育実践ジャーゴンは本書の中ではほんの一部分となっています。
本書のテーマは‟保育を見るうえで「語り」が必要なのではないか?”というもので、保育実践ジャーゴンはその「語り」を行うための一つの言葉という立ち位置です。
なので、この記事を見て興味を持たれた方は、本書を手に取り、ぜひ保育を「語る」という可能性にも触れてみてください。
きっと、保育を見る新たな目線を得られることと思います。
最後まで見ていただきありがとうございました!
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