文:岩城範枝 絵:井上洋介 出版:福音館書店
ある日、鬼の縄張りに入ってしまった若者がいた。
鬼はすぐに捕まえて、鬼の姫に食べさせようとした。
だが、食べに来た姫を若者が・・・叩いた!?
あらすじ
昔あるところに、力持ちの若者がいた。
ある日、若者は都へ登ろうと旅に出た。
その途中、若者は知らず知らずのうちに、鬼の住む野原へと入ってしまっていた。
ほどなくして、目の前に見上げるほどの大きな鬼が現れた。
若者は簡単に若者を捕まえると、頭からかじろうとしたが、ふと手を止め、
「自分に食われたいか?まだ人間を食べたことがない姫に食われたいか?」
と若者に聞いた。
若者は姫を選んだ。
すると、鬼はすぐに姫を呼び、姫が初めて人間を食う「おくいぞめ」をはじめることになった。
姫は若者を見て恥ずかしがっていたが、歌いながら若者に近づいていき、食おうとした。
・・・と、その時、若者が持っていた扇で、姫の頭をポンと叩いたではないか。
姫は泣き出し、鬼に言いつけた。
鬼が怒って、若者に理由を聞くと、虫が飛んでいたのだと言う。
それでは仕方がないと、鬼はまた姫に若者を食うよう言った。
娘がまた若者に近づいていき、今度は足をかじろうとした。
・・・と、その時、若者が突然「わっ!」と大声を出した。
姫は驚いて「怖い怖い」と鬼に泣きついた。
鬼がまた怒って理由を聞くと、急に咳が出たのだと言う。
それでは仕方がないと、鬼は姫に若者を食うよう言った。
それを聞いた若者は、力比べをしようと提案した。
負けたら潔く食われると言うのだ。
もちろん相手は、自分を食おうとしている姫。
腕相撲で勝負をすると、あっという間に若者が勝ってしまった。
次は足相撲で勝負したが、これも簡単に若者が勝った。
散々負けてしまった姫はもう嫌になり、「人など食わぬ」と泣き出してしまった。
それを見た鬼は、他の鬼たちを呼び、姫に加勢するよう言った。
こうして、たくさんの鬼たちと、若者との首引き勝負が始まった。
鬼と若者それぞれの首を、ひもをかけて引っ張り合う。
鬼たちは本気で首を引くが、若者も負けてはいない。
さあ、この絶体絶命の勝負を、若者はどうやって切り抜けるのでしょうか?
『鬼の首引き』の素敵なところ
- 鬼とは思えないかわいい姫
- 知恵者の若者と素直な鬼の笑えるやり取り
- 白熱と脱力感が最高の最後の場面
鬼とは思えないかわいい姫
まず、この絵本を見て、一番印象に残るのは、鬼とは思えないほどかわいい鬼のお姫様でしょう。
鬼が姫を呼び、「どんな姫が出てくるのか?」とドキドキしていたら、出てきたのは小さなかわいい女の子でびっくり。
姿はまるで人間で、角もないのですから驚くのも無理はありません。
なにより、お父さんとのギャップがすごい・・・。
姫が出てくる前は、真剣な表情で息を殺していた子どもたちも、
「鬼なのにかわいいね!」
「お姫様は小さいんだ」
「人間の子どもみたい!」
と、思わず表情がゆるみます。
でも、かわいいのは姿だけではありません。
その仕草もなんともかわいいのが、この絵本のおもしろいところ。
若者を見て、顔を赤らめたり、
食べるために近づく時もそろそろと近づく姫。
とても、今から人間を食べに行く鬼の態度だとは思えないくらい奥ゆかしいのです。
きわめつけはその弱々しさ。
若者に扇で頭をポンとやられれ「いたい、いたい。私を叩いた」と泣き、
「わっ」と大声を出されれば「こわい、こわい。私を脅す」と震えます。
しまいには「もう嫌じゃ、嫌じゃ。人など食わぬ」と大泣きする姫。
その姿は、まさに子どもそのもので、とても鬼とは思えません。
この、人間を食べようとするのに、それ以外のところがただの子どもというギャップが、この絵本のとてもおもしろいところ。
きっと、気付けば姫のかわいい姿に、少し応援してしまっていることでしょう。
知恵者の若者と素直な鬼の笑えるやり取り
また、この姫のかわいいリアクションと合わせて、若者と鬼とのどこか脱力感あるやり取りも、この絵本のおもしろいところとなっています。
なんとか食べられないように、姫を叩いたり、大声を出して追い払う若者。
当然、鬼は怒り、
「憎いやつ。なぜ、大事な姫を叩く?」
と、理由を聞いてきます。
けれど、
「違う、違う。虫が飛んできたので、虫を追ったのじゃ」
と言われると、
「ふむ、虫なら仕方あるまい」
と言って、素直に納得してしまうのです。
その後の、大声を出した理由も、腕相撲の提案も、全部素直に聞き入れてくれる鬼。
この、「若者が嘘をつき→姫が泣き→鬼が理由を聞いて納得する」という流れの繰り返しが、完成され過ぎていておもしろい。
最初は、ドキドキしながら見ていた子どもたちも、この流れがわかってくると一気に力が抜け、
「若者、頭いいね!」
「お姫様、かわいい~」
「鬼も優しいな~」
と、大笑い。
まるで、コントを見ているような雰囲気になっていました。
この、若者の機転の利かせ方と、それに対する鬼と姫のリアクションのおもしろさが、この絵本のなんとも笑える楽しいところです。
白熱と脱力感が最高の最後の場面
ですが、この脱力感も、最後の場面で一気に緊張感へと変わります。
この一気に雰囲気が変わる感覚も、この絵本の素晴らしいところ。
力比べに負け続け、嫌になってしまった姫を見て、ついに鬼たちが本気を出し始めるのです。
仲間を呼び、大勢の鬼対、若者という絶望的な構図で始まる首引き。
そもそも、首引きという勝負の仕方自体、危険の塊のようなもの。
「首がしまってしまうのではないか?」
「首が抜けてしまうのではないか?」
そんな恐怖感が、漂い始めます。
なにより、負けたら鬼に食べられてしまうのです。
若者の姿も、これまでの余裕あるものではなく、真剣なものに変化して、より緊迫した雰囲気を強調します。
これまでとは違った、本気の力比べです。
まさに真剣勝負。
・・・ですが、この物語の本質は変わりません。
若者は知恵者なのです。
力自慢ですが、大勢の鬼と真っ向勝負するほど馬鹿ではありません。
この、最後の場面で見せる最後の知恵が、なんとも脱力感たっぷりで、この絵本にふさわしいものになっているところも、この絵本のとてもとても素敵で大笑いしてしまうところとなっています。
ぜひ、脱力感と緊張感の芸術的な往復を子どもたちと楽しんでみてください。
二言まとめ
鬼に食われまいと知恵を絞る若者と鬼と姫の、コントみたいなやり取りがおもしろくてたまらない。
食べられる緊張感と、笑える知恵比べが芸術的に融合した昔話絵本です。
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