文:谷川俊太郎 絵:広瀬弦 出版:アリス館
あるところに、寂しそうな「あ」がいました。
そこへ「お」がやってきて「あお」。
青空を見て笑顔になりました。
次に、退屈そうな「あ」がいました。
そこへ「か」がやってきて・・・。
あらすじ
あるところに、一人ぼっちで寂しそうな「あ」がいました。
そこへ、遠くから「お」がやってきて、「あ」と「お」がくっつきます。
すると、「あお」になり、きれいな青空を見上げた「あ」は笑顔になりました。
あるところに、友だちがいなくて退屈している「あ」がいました。
そこへ「か」が遊びに来て、「あ」と「か」がくっつきます。
すると、「あか」になり、まっかなリンゴができました。
あるところに、どこかへ行きたい「あ」がいました。
そこへ「し」がやってきて、「あ」と「し」がくっつきます。
すると、「あし」になり、どこへでも行けるようになりました。
あるところに、ちょっと意地悪な「あ」がいました。
意地悪な「あ」は「な」引っ張ってくると・・・。
まだまだ出てくるいろんな「あ」。
どんな出会いをするのでしょうか?
『あ』の素敵なところ
- 色々な気持ちを持った文字
- ほかの文字と出会うことで変化する気持ち
- まるで生き物のような文字のデザイン
色々な気持ちを持った文字
この絵本のとてもおもしろいところは、文字に心があることでしょう。
普段は、記号として認識している文字。
基本的には1文字では意味をなさず、「あ」と1文字あっても、きっと意味など考えないと思います。
けれど、この絵本では、「あ」という1文字がいろんな気持ちを持っていて、いろんな顔を見せてくれるのです。
友だちがいなくて寂しい「あ」。
ちょっと意地悪な「あ」。
など、「あ」だけで、そこに意味を持って生きています。
また、その気持ちの表現が、「あ」についている妖精のようなもので、わかりやすく伝えてくれるので、子どもたちにもスッと「あ」の気持ちが伝わってきます。
だからこそ、とても感情移入ができ、ほかの文字との出会いを集中して楽しめるのでしょう。
この、普段は考えもしない1文字1文字に、気持ちがあるという、文字の新しい見方に気づかせてくれるのが、この絵本のとてもおもしろいところです。
この絵本を読んだ後、きっと、普段の生活の中にある文字や、自分の名前の中の文字がどんな気持ちなのか、気になってくることでしょう。
ほかの文字と出会うことで変化する気持ち
そんないろいろな気持ちを持った「あ」は、いろいろな文字と出会って変化していきます。
これも、「あ」の気持ちと、文字が言葉に変わる特徴をリンクさせた、とてもおもしろいところです。
寂しい「あ」は「お」と一緒になることで、友だちを得ると同時に青空を見て嬉しそうな表情に。
どこかへ行きたい「あ」は、「し」と出会うことで、「あし」を得てどこへでも行けるように。
「せ」を手伝っている「あ」は、汗びっしょりに。
というように、ほかの文字と出会い、言葉へ変化することで、気持ちが解消されたり、状況に変化が起きるのです。
印象的だったのは、「あし」になるのを見たときに言われたある子どもの言葉。
「(あが)思ってることと、くっついてできた意味が、繋がってるんだ!」
と、気持ちと変化がリンクしていることに気づき、そのおもしろさを興奮気味に伝えてきたのです。
まさに、言葉や文字のおもしろさを心から感じた瞬間だったのでしょう。
この、「あ」の気持ちと、文字がくっつき言葉へと変化するおもしろさ、さらに、それらがリンクするおもしろさが、溶け合い重なっているところも、この絵本のとても素敵なところです。
ぜひ、たくさんの「あ」が、どんな言葉に変化していくのか、確かめてみてください。
大人も子どもも「なるほど!」と、文字や言葉の持つおもしろさを改めて感じられると思いますよ。
まるで生き物のような文字のデザイン
さて、こんな風に「あ」だけでなく、いろいろな文字が出てくるこの絵本。
そのどれもが、まるで生き物のように見えてくるのも、この絵本の魅力です。
妖精のようなものがついているのは「あ」だけなのですが、ほかの文字からも同じように感情を感じるのです。
それはきっと、文字のデザインによるものなのでしょう。
文字自体は変形などなく、お手本のようなきれいな文字で描かれていますが、その文字はどれも動きがあります。
「お」が空から降ってくるように出てきたり、
「な」は「あ」に無理やり引っ張られ、
「せ」は「あ」に背中を押されるように手伝ってもらっています。
ほかにも、暗闇を照らす「さ」は光り輝いていたりと、それがただの文字ではなく生き物のような生き生きとした姿で描き出されるのです。
この、文字を文字のままではいさせない、絵本全体のデザインも、この絵本のとても素敵で魅力的なところです。
このデザインがあるからこそ、この絵本は文字や言葉のおもしろさだけでなく、物語としてのおもしろさも強く感じられるものになっているのだと思います。
二言まとめ
気持ちを持った「あ」が、いろいろな文字と出会い、変化していく姿が言葉遊びとしても物語としてもおもしろい。
これまで記号としてしか見てこなかった文字の、新たな見方や表現の仕方に気づかせてくれるひらがな絵本です。
コメント