【絵本】スーツケース(5歳~)

絵本

作:クリス・ネイラー・バレステロス 訳:くぼみよこ 出版:化学同人 

大きなスーツケースを持った不思議な動物。

何が入っているのか聞くと、ティーカップと机に椅子、家まで入っているという。

そんなものがスーツケースに収まるのでしょうか?

あらすじ

ある日、見慣れない動物が、よろよろのどろどろでやってきた。

持っているのはスーツケース1つだけ。

鳥が、その動物にスーツケースに入っているものを聞いてた。

すると、カップが1つ入っていると言う。

そこにウサギもやってきて、カップが1つにしては大きなスーツケースだと話していると、その動物はテーブルとイスもあるという。

キツネもやってきて、スーツケースにテーブルとイスなんて入るわけないと言うと、その動物は自分の家も入っていると言い出した。

さらには、その家が建っていた丘の森も全部入っているのだと。

そこまで話すと、疲れ果てた動物はその場にうずくまり眠ってしまった。

鳥とウサギは静かに眠らせてあげることにしたが、キツネはその動物が本当のことを言っているのか疑っていた。

そこで、嘘か本当か確かめるために、スーツケースをこじ開けてみることにした。

あっという間にスーツケースは壊れた。

中にあったのは、割れたカップと、その動物が家のテーブルとイスでお茶を飲んでいる写真が1枚。

キツネは噓つきだと言ったが、鳥とウサギはカップのことは嘘じゃなかったし、スーツケースを壊してしまったことを後悔した。

その間も、その動物は眠り続け、夢の中でなにかから逃げ回り、海の中を必死で泳いでいた。

しばらくして目を覚ますと、その動物は目を疑った。

目の前に、割れたはずのカップが、きれいに直った状態で置いてあったのだ。

さらに、それだけでなく・・・。

その動物が見た夢のようなものとは?

『スーツケース』の素敵なところ

  • 嘘か本当か信じられないようなスーツケースの中身
  • 想像が膨らむ不思議な動物の過去
  • すれ違いから生まれた夢のような未来

嘘か本当か信じられないようなスーツケースの中身

この絵本のとてもおもしろいところは、スーツケースの中身を中心とした、まるでミステリーのような展開でしょう。

当然現れた不思議な動物。

それは、その地に住むどの動物とも違う見たことのないものでした。

当然、その地に住む動物たちに、好奇心や疑いの目を向けられます。

そんな中で、スーツケースにカップだけじゃなく、テーブルにイス、家まで入っているというのだから、怪しさは倍増です。

動物たちもそうですが、子どもたちも、

「そんなの入る!?」

「大きすぎない?」

「魔法のスーツケースなのかな?」

と、疑いのまなざしを向けています。

ただ、おもしろいのが、動物たちも子どもたちも、どこかでこの動物のことを信じている様子が見られるところ。

他の絵本だと、「そんなの入るわけないよ!」と盛り上がりがちなところを、この絵本ではその雰囲気からか、落ち着いたトーンで見ている子どもたち

「入っているわけない」と思いつつも、この動物が嘘など言っていない気もしているのだと思います。

そんなスーツケースは、キツネの提案でこじ開けられることになるのですが、その中に入っていたものも、この絵本ならではのおもしろいところ。

割れたカップに、テーブルとイスと家が映った写真と言う、嘘でも本当でもないものが入っていたのです。

厳密にいうなら、その動物にとっては本当で、動物たちにとっては大げさに言っていると聞こえるものでしょうか。

ただ、スーツケースの中身を見ても、まだもやもやが晴れないというのは珍しい。

この、スーツケースを開ける前も後も、考えていることがすれ違ってしまう、本当と言っていいのか嘘と言っていいのか、頭がこんがらがりそうなミステリーな展開が、この絵本のとてもおもしろいところとなっています。

想像が膨らむ不思議な動物の過去

そんな不思議なこの動物ですが、その過去は絵本の中で語られません。

けれど、その端々に過去の片鱗が見え、色々な想像が膨らむのも、この絵本のおもしろいところです。

その片鱗とは、

「その動物がやってきた方向の空に黒煙が渦巻いている」という背景。

「どろどろで、よろよろ。おどおど、とぼとぼ歩いている」という状態。

「夢の中では、逃げ回り、隠れ、たくさんの山を越え、深い海を泳いでいた」という描写。

そのどれもが、幸せではないなにかがあったことを示唆しています。

それらをつなぎ合わせた時、

「戦争から逃げてきたのかな?」

「火山が噴火したのかな?」

「捕まえられそうになったのかな?」

など、色々な想像が膨らむのです。

特に、最初はただ現れただけに見えるのですが、最後まで見るとその印象は変わるのもおもしろいところ。

そのうえで最初から見ると、これまで見えていなかったヒントが見えてきて、さらに想像が膨らむつくりとなっています。

この、メインの物語としては語られない、幸せではなさそうな不思議な動物の過去を、絵本の端々から読み取り想像できるつくりも、この絵本のとても考察しがいのあるところです。

すれ違いから生まれた夢のような未来

さて、そんななにかから必死に逃げてきたことが読み取れる不思議な生き物。

やっとたどり着いた先では、その地に住む動物に疑われることとなりました。

スーツケースに家が入っているという解釈のすれ違いから、中身を見ても釈然としない状態が続きます。

ですが、そのすれ違いはが、思わぬ形で重なり合うことになるのも、この絵本のとてもとても素敵なところ。

スーツケースを壊してしまったことと、完全な嘘は言っていなかったことに罪悪感を覚えた動物たちは、ある行動を取るのです。

その結果が、このなにもかも失ったと思われる動物にとって、本当に夢のようなものとなっていました。

さらに素敵なのが、物質的な嬉しさだけじゃなく、新しい地での明るい未来を予感させてくれるところ。

前の地では悲しい過去があったけれど、新しい地では明るい未来が待っている。

そんな気持ちにさせてくれるのです。

この、色々想像できる不思議な動物の過去と、動物たちとのすれ違いがあったからこそ、それらが見事にかみ合いながら、明るい未来へ進んでいくことが予感される、心から嬉しく思える結末も、この絵本のとてもとても素敵なところとなっています。

ぜひ、すべてがピタッと重なるこの素晴らしい結末を体感してみてください。

二言まとめ

嘘か本当かまったくわからない、スーツケースの中身をめぐるミステリーのような展開がおもしろい。

謎がすべては解けないけれど、すべての要素が結末で重なり合う、ぴったり感とすっきり感、幸せ感が、とても素敵な絵本です。

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