作:かこさとし 出版:復刊ドットコム
小さな体に大きな力を宿す時。
それは、家族のかたき討ちを誓った時かもしれません。
辛く厳しい修行に耐え、鬼と対峙する小さな忍者のお話です。
あらすじ
昔、ぬれば山という深く険しい山があった。
ぬれば山の頂には鬼が住んでいて、時々里に下りて来ては乱暴していた。
人々は誰も近づこうとしなかったので、滝の裏側に年寄りの天狗が住んでいるのを知っているものはいなかった。
ある日の夕方。
色の黒い、傷だらけの小さな子どもがやってきた。
子どもは両手を地面について「七本杉のあきちと言います。術を教えて下さい」と頼んだ。
天狗がどうして術を習いたいのか聞くと、
「ぬれば山の鬼が住んでいた七本杉に火をつけたため、父、母、妹が焼け死にました。そのかたき討ちがしたいのです。」
と言った。
しかし天狗は「無理だから諦めろ」と言って寝てしまった。
翌朝、天狗が驚いたことに、あきちは昨日と同じ格好のまま座っていた。
天狗は無視したが、翌日もその翌日もあきちはじっと動かなかった。
五日経った夕方。
天狗もさすがに心打たれて、あきちに術を教えることにした。
こうして、激しい忍術の稽古が始まった。
日々大きくなるタケノコを毎日飛び越える稽古。
右手で投げた石を、左手で投げた石で叩き落す稽古。
吊り下げた岩を鼻で受け止めさせる稽古。
こうしてすべての稽古が終わった時、天狗は自分の持っていた小柄をあきちに渡した。
あきちは小柄を手にぬれば山の頂へと登っていった。
あきちは鬼を退治して、かたき討ちを成し遂げられるのでしょうか。
『ぬればやまのちいさなにんじゃ』の素敵なところ
- しっかりと描かれたあきちが困難に打ち勝ち成長していく姿
- 手に汗握る鬼との戦い
- 物語の所々に散りばめられているあきちの正体
この絵本の素敵なところは、ご都合主義で進んでいかないところです。
天狗に術を教えてもらう時、あきちは傷ついた体で飲まず食わずで五日間頼み込みます。
稽古をつけてもらう時も、最初は全然出来ないけれど、日々頑張る姿が描かれます。
特に、岩を鼻で受け止める修行など、初めは生々しく鼻血を出しながら受け止めています。
そんなあきちの努力が下地にあるからこそ、気付けばあきちを心から応援しています。
「かわいそう・・・」「血が出てるよ・・・」と言っていた子どもたち。
でも、鼻で受け止めた岩が削れて修行が成功した時は「すごい!」「頑張ったね!」とあきちを労う声が飛び交いました。
そんなあきちと鬼との対決はまさに死闘です。
一太刀の元に終わったり、仲間が駆けつけてくれるなんて生易しいものではありません。
鬼の金棒で足の肉を削り取られ、毒針を腕に受ければ傷口を食いちぎり毒の回りを阻止する。
そんな一進一退の攻防が続きます。
その姿に子どもたちは目が離せず「あ!」「逃げて!」などその場面に入り込んで見ています。
鬼との最後の結末は必見です。
そんなあきちには秘密があります。
物語の色々なところにヒントがあります。
黒い子どもであること。
天狗の記憶では七本杉には人は住んでおらず、焼けたカラスの巣があったこと。
などが物語の端々で語られます。
でも、断定はしません。
その、「カラスだったのかな・・・?」がこの物語に素敵な含みを与えてくれている気がします。
修行も戦いも生々しく描かれていることで、どんどん物語に引き込まれる。
そんな昔話絵本です。
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