文:内田也哉子 絵:渡邉良重 出版:リトルモア
これまで歩んできた過去。
そして、これから歩んでいく未来のために。
一度立ち止まり、「いま、ここ」を見つめ直す。
大きく深呼吸をしたあとのような気持ちになる絵本です。
あらすじ
昔々、世界中を歩き回っているうちに、大切なものを忘れてしまっていることに気が付いた。
それは決して重くなく、厳かな存在感に溢れ、どこにでもあるようで、どこにもないもの。
必死に探す、繰り返される日々。
笑っている人にムッとすることもある。
なんだかおかしくって一緒に笑ってしまうこともある。
時には訳が分からなくなるくらいの方が、今を味わえるのかもしれないと思うこともある。
そしてなんだか空しくなる。
孤独を感じ、泣いたり叫んでみたりする。
でも、ため息をし過ぎたら深呼吸になった。
そうしたら、青い空を青くおもった。
外の世界を見ることは、内なる自分に耳を澄ますことに似てるはず。
なのに、気が付くと見失ってしまうこともある。
これまでの歩みを振り返って放心し、どうでもよくなってしまうこともある。
けれど、歩いているうちてくてくがどきどきに変わって、胸騒ぎにそっと右手を当ててみると・・・。
ここにあった。
わたしのブローチ。
『ブローチ』の素敵なところ
- ゆっくりゆっくりと綴られていく、「いま」を感じる言葉
- 透けるページによる刻々と変わっていく絵
- 自分だけの大切なブローチがきっと見つかる
この絵本の文章はゆっくりゆっくり、一言一言語りかけるように綴られていきます。
それこそ一つのページに一言、二言ずつ、ゆっくりと。
ページをめくるたび、それがじっくりと心の中に入ってきます。
その言葉はどれも抽象的です。
だからこそ、自分の中の体験が想起されてくるのです。
これまでの過去、思い出、どうしようもない気持ち、不安、空しさ。
きっと誰もが体験したことのあることや、漠然と感じていることを目の前に描き出していきます。
それが自分の中の思い出や過去、「こんな気持ちになることあるな」という思いとリンクして、一言一言に存在感や現実感が増していくのです。
それは「いま」に繋がっています。
過去の自分とゆっくりゆっくり対話して、向き合って「いま」に辿り着きます。
「いま」の気持ちに素直になって、叫んでも泣いてもいい。
やがて深呼吸になっていくから。
落ち着いて、ゆっくりと歩いていけば、それがどきどきに変わっていく。
それが未来に続いていくから。
と、「いま」に向き合うこと、「いま」から歩いていくことへ背中を押してくれるのです。
また、絵やページの構成も、この文章に合った、ゆっくりとテンポを合わせて進む作りになっています。
次のページが透ける紙を使うことで、絵が重なって見えます。
重なることで、笑顔だったのが泣き顔になる。
飾り立てた体から、飾りだけが残る。
カーテンがページをめくると開く。
など、少しずつ起こる変化が表現されています。
これが一言一言ゆっくりと綴られる文章と、「いま」へ向かって刻々と進む時間を想起させ、ページをめくるたび、一歩一歩あるいていくような感覚にしてくれるのです。
そうして一歩一歩歩いてくる中で、自分の胸に抱いた気持ちをブローチとして表現しています。
その人それぞれの「わたしのブローチ」。
それぞれの思いに寄り添う文章でゆっくりゆっくりと描かれてきたからこその、説得力のある言葉だと思います。
そして、そのブローチを胸に飾り、「未来」へ進んでいく。
そんな力強いメッセージが、この絵本のとても素敵なところだと思います。
誰の心にも必ずあるブローチ。
だけど、忘れてしまいがちなブローチ。
大切な「わたしのブローチ」の在処を思い出させてくれる絵本です。
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