作:ピーター・M・センゲ ネルダ・キャンブロン=マッケイブ ティモシー・ルカス
ブライアン・スミス ジャニス・ダットン アート・クライナー
訳:リヒテルズ直子 出版:英治出版
学ぶというのはどういうことなのでしょう。
先生が生徒に「教える」というのは、本当の学びなのでしょうか?
一斉授業や、教科型学習、テストの点数に重きを置いた評価・・・。
これまで、先生による指導型の教育が当たり前でした。
しかし、それで本当に学ぶ力が育つのでしょうか?
今、教育は転換点を迎えています。
その転換をする手助けをしてくれるのが本書です。
「システム思考」を中心に、新たな教育の道筋を示してくれ、それに伴った実践もたくさん紹介されています。
現在の教育にモヤっとしていたり、自分の教育を再確認したり、よりよくしていくための手法を探している人には、目からうろこの一冊となるでしょう。
また、保護者や保育士も読むことで、「学び」や「学校」について考えるいい機会になると思うのでおすすめです。
『学習する学校』の素敵なところ
- 教育界のジレンマをしっかりと認識して寄り添ってくれる
- 転換に使える応用の幅が広すぎる手法
- 手法の具体的な使い方と豊富な実践記録
本書の大きな特色は教育界の大変さや、板挟みになるジレンマをしっかりわかってくれている所でしょう。
理想の教育に近づけたくても、カリキュラムをこなす必要や、保護者からの突き上げなど、様々な事情で出来ない現状。
そのジレンマは校長にも、教育長にも起こっていること。
それらの気持ちにしっかりと共感し、寄り添ってくれたうえで、どうしていくかが描かれているので、自分もやってみようという気持ちになるのです。
次に、本書ではたくさんの考え方や手法が紹介されます。
「システム思考」「推論のはしご」「氷山」「ループ図」「5つのディシプリン」などなど。
このどれもが、一場面に使うものではなく、どんな場面にも応用が利くものになっているのです。
その分、使いこなすのに慣れが必要ですが、使えるようになれば自分の考え方そのものを大きく変え、相手にもたくさんのことへ気付くきっかけを作ってくれる強力なものばかりです。
そして、その使い方もしっかりフォローされているのが、この本の素敵なところ。
その手法を使って話をする時に、どんな手順を踏むのがいいか、どんな質問の仕方があるかなど、具体的に丁寧に述べられています。
また、実際の教育改革の実践で、どんな風に使われたかも描かれているので、イメージが湧くのです。
これらの実践や具体例が物凄くたくさん盛り込まれているのも、本書の実用性を底上げしていると思います。
『学習する学校』からの大きな学び
- 「システム思考」の重要性
- 中核となる「理念」を作る大切さと大変さ
- 最も大切な「対話」
本書ではシステム思考を中核として話が進んでいきます。
システム思考とは、「一つの出来事は、他の出来事と繋がっており、大きなシステムの中で複雑に絡み合っている出来事の中の一部分である」という考え方です。
例えば、「テストで成績が上がらない」という出来事があったとします。
そこには「本人の努力不足」だけじゃなく、「習い事が忙しい」「勉強を出来る環境がない」「勉強を見てくれる人がいない」「それどころじゃない事情」「学習障害」「人間関係」など多くの絡み合った出来事がある可能性があります。
視野を広げ、どこに問題の核心があるかを見つけ、そこへ有効な働きかけをするという考え方が、システム思考的な考え方なのです。
システム思考的な考え方をしていかないと、その場しのぎでの対処になりやすく、根本的な解決にはつながりません。
このシステム思考を身に着けるため、本書では「ループ図」や「時系列変化パターン」、「氷山」といった考え方のツールが紹介されています。
システム思考とこれらのツールを使っていくことで、問題の本質が見えるようになると思います。
さらに、問題点を見つけていくと同時に、前に進んでいくためには大きな理念が必要です。
それぞれの学校や保育園や会社に理念はあると思いますが、それは実用的に使われているでしょうか?
形骸化しているとしたら、それは理念とは言えないでしょう。
中核となる理念があることで、「そこへ向けてどれくらい進んだか」、「理念に反していないか」、「理念を修正する必要はないか」を振り返ることが出来るのです。
大きく何かを変えていく時ほど、しっかりとした理念が必要になってくるでしょう。
しかし、これは簡単に出来るものではないことも、本書ではしっかりと描かれています。
一つの理念が出来るまでの過程、それをアップグレードし続けるための仕組み。
そのどれもが年単位で話し合いを重ねています。
それだけ生きた理念を作り上げることは大変で、それをするだけの価値があるのです。
同時に、これは自分たちの部署や、職場内だけでも始められるスモールステップの第一歩でもあると感じています。
きっと、理念を作り上げる中で、全体の教育に対する考え方が変わったり、お互いを知るきっかけになるのではないでしょうか。
さて、本書を通して一貫して大切にされていることがあります。
それが「対話」です。
システム思考で考えているだけでは問題は解決しません。
解決のためには、そこに関わる人との対話が必要です。
理念を作るためにも、学習コミュニティを作るためにも。
なにより、指導型学習を脱し、子どもが自分から学ぶ学習をするためには、その時々の子どもの気付きへの対話が不可欠になります。
「学ぶ」ことや「学ぶ環境」を作ることは一人では出来ません。
たくさんの協力関係が必要です。
学校、教員、保護者、教育長、街の人々、関係機関・・・。
協力するために必要なものは「対話」なのです。
本書で紹介されているツールはみんな対話に役立ちます。
紹介されている実践は、対話の実践と言い換えても間違いではないでしょう。
本書を通して、「対話」の重要性と、協力することで生まれる力の凄さを感じることが出来るのではないでしょうか。
まとめ
全885ページという分厚い本書。
この記事だけでは全然紹介しきれません。
「システム思考」「推論のはしご」「ループ図」など、ツールの一つ一つで一冊の本が書けるほど大切なものばかりです。
指導型学習から脱却し、どんな学習にしていくべきかという、学習の根本への変革についても書かれています。
コミュニティとの繋がりの大切さを考える章も見逃せません。
学校もシステムの中の一つであることを、改めて考えさせられるでしょう。
量は膨大ですが、とてもわかりやすい言葉で、非常に大切なことが詰った一冊。
教育に興味のある方はぜひ読んでみてください。
きっと、大きく視野を広げてくれるでしょう。
おまけ:「推論のはしご」
おまけとして、ぼくが個人的に突き刺さった「推論のはしご」について書きたいと思います。
「推論のはしご」とは、相手の態度や一つの言葉から、勝手に相手の考えを想像し、考えを飛躍させることです。
例えば、「なんだか相手の態度が冷たい」→「きっと自分のやり方が気に入らないんだ」→「自分は相手から嫌われている」→「仲良く出来ない」
というように、相手の真意はわからないのに、勝手に仲良く出来ないと思い込んでしまうのです。
これを見た時、日常生活でよくやってしまっていることに気付かされ、ハッとさせられました。
「園長は事なかれ主義で、全体のことを考えていない」
「保護者は子どものこんな姿がわかっていない」
など、対話もせずに勝手に考えていたのです。
「推論のはしご」を駆けあがらないためには、登る前に対話をすること。
最初の例で言えば「なんだか態度が冷たい気がするのですが、なにかしてしまいましたか?」と聞いてみること。
「プライベートで嫌なことがあった」なら、「自分は嫌われている」という考えになることはないでしょう。
「気に入らない部分があった」なら、問題が大きくなる前に解決策を考える機会になるでしょう。
人は無意識に「推論のはしご」を駆けあがりがちです。
油断をすると、駆け上がってしまいます。
でも、この考え方を知ることで、駆け上がっていることに気付けたり、相手の考えを確認しようと思えるようになりました。
ぼくの中では、「推論のはしご」を知ったことは、これからの人生に大きく影響を与えてくれる学びとなっています。
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