作:いしいつとむ 出版:文研出版
大きなカブトムシを捕まえた兄弟。
でも、クヌギ林に帰ろうとする姿を見て心にトゲが刺さります。
そんなある日、一匹のカブトムシが死んでしまい・・・。
あらすじ
ある夏の日。
2人の兄弟が、クヌギ林にカブトムシを捕りに行こうとしていました。
しかし、クヌギ林の、前には深い草藪があります。
2人が草藪に入ると、そこにはケムシやヘビが。
2人は怖くなって、すぐに逃げ出してしまいました。
その夜、家でどうしようかと兄弟が話していると、1匹のカナブンが、勉強机のライトに向かって飛んできました。
それを見たお兄ちゃんは、あることを閃きます。
2人は翌朝早く起きることに決めました。
翌朝、外がまだ暗い時間に、2人は街灯へとやってきました。
街灯にはたくさんの虫が集まっています。
そこにはカブトムシやクワガタムシも。
街灯の光に誘われ、クヌギ林から草藪を飛び越えてきたのです。
2人はさっそく、それぞれカブトムシやクワガタムシを捕まえました。
家に帰ってくると、お兄ちゃんは一番強いカブトムシにキング、弟は一番大きいカブトムシにジャンボと名前を付けました。
エサの時間には、この2匹の独壇場。
他の虫たちが逃げていくほどの、激しい戦いを繰り広げているのでした。
そんなある日。
突然、カブトムシたちが外に向かって飛び出しました。
みんな、窓に当たり激しい音をさせています。
ケガをしてしまうので、2人はカブトムシたちを捕まえ、カーテンを閉めました。
お兄ちゃんはそれを見て、「クヌギ林に帰りたいのかなぁ」と言いました。
弟はその言葉を聞いてぎくんとしましたが、自分のジャンボは大事に育てるから返さないと言い張り帰そうとはしませんでした。
けれど、ある朝、ジャンボが死んでいました。
羽が閉じかけたままになっていて、最後に飛ぼうとしたようです。
弟が触ることもできずにいると、お兄ちゃんが弟の手にジャンボを乗せ「こいつ強かったな」と言ってくれました。
弟は、ジャンボが窓ガラスにぶつかる音を思い出すと、涙が溢れ出てきました。
2人は長袖・長ズボンに長靴を履き、草藪の前にやってきました。
ジャンボをクヌギ林に返すためです。
2人は意を決すると、草藪に飛び込み、一心不乱に前へと進みます。
そして、ついに草藪を抜ける、クヌギ林の前へ。
2人はクヌギの木の根元にジャンボのお墓を作り、他の虫たちも死んでしまったらここに埋めてあげることを誓いました。
ちょうどその時、お墓の上にカブトムシが落ちてきました。
ふとクヌギの木を見上げると、虫たちが餌場の取り合いをしています。
お墓に落ちたカブトムシは、また餌場に向かって気を登っていきました。
その姿を見て、ジャンボを思い出し、胸が苦しくなります。
翌朝、兄弟はまたクヌギ林の前にきました。
その手には・・・。
『カブトムシのなつ』の素敵なところ
- カブトムシのいる楽しい日々
- カブトムシの気持ちと自分の気持ち
- 兄弟の命に向き合う決断
カブトムシのいる楽しい日々
この絵本の子ども達を惹きつける大きな魅力は、力強くて立派なカブトムシの姿でしょう。
そのカブトムシが、家にいて、一緒に生活する嬉しさは相当なもの。
カブトムシが好きな子にとっては、まさに夢のようなシチュエーションです。
カブトムシの角に紐をつけ、おもちゃのカートを引っ張らせたり、
餌場を巡る決闘をまじかで見たり、
カブトムシを飼ったらやってみたいことが、見事に描かれているのです。
さらに、キングとジャンボの大きくて力強い姿とも相まって、
「かっこいい!」
「大きいカブトムシいいな~」
「戦ってるよ!」
と、自分たちもカブトムシと過ごす日々を想像しているみたい。
この、カブトムシと過ごす楽しい日々を、十二分に見せてくれるのが、この絵本のとても楽しいところです。
カブトムシの気持ちと自分の気持ち
しかし、ある出来事から、カブトムシに対する気持ちが変わってきます。
それが、一斉に外に向かって飛び出したこと。
窓の向うの空に向かって、窓に激しくぶつかっても飛ぶのをやめないカブトムシ。
その姿に、カブトムシがクヌギ林に帰りたいのだということを、心で理解してしまいます。
けれど、自分のカブトムシを飼いたいという、気持ちも抑えることはできません。
この葛藤と、後ろめたさがものすごく純粋に伝わってくるのも、この絵本のとても大きな魅力です。
生き物を飼って、それを大切にすればするほど出てくる葛藤なのでしょう。
自分と一緒にいる幸せと、自由に自然で生きる幸せとの狭間で心が揺れ動く様を、この絵本では強く感じさせてくれます。
前半の、カブトムシとの日々が楽しかったからこそ、より鮮明に。
この心にトゲが刺さったような、もやもやと霧がかったような気まずさを、兄弟の姿を通して体験できることも、この絵本のとても素敵なところです。
兄弟の命に向き合う決断
ですが、このままもやもやしたまままでは終わりません。
命と向き合う時がやってきます。
そのきっかけがジャンボの死。
最後に飛ぼうと閉じかけた羽を見て、弟の中にたくさんの感情が渦巻きます。
この命と向き合う瞬間も、この絵本のとてもとても素敵なところ。
悲しさ、後悔、感謝・・・色々な気持ちが感じ取れます。
2度と戻らない喪失感も。
こうして、勇気を出してクヌギ林へお墓を作りに行き、ジャンボをクヌギ林へ返すのですが、ここでさらにより深く命と向き合うのが、この絵本の本当にすごいところ。
ジャンボの死で命と向き合ったけれど、やっぱり自分たちで育てたいと思うのが子ども心。
2人はジャンボのお墓の前で、他の虫たちも死んだらここに埋めようと誓います。
けれど、偶然落ちてきたカブトムシの力強く生きる姿や、クヌギ林に生きる虫たちをみて、2人の心に変化が生まれるのです。
自然の中で生きる生き物を見て、生き物の本質に気付き、その命を一番に考え行動する結末は、なんとも言えない清々しさや、神々しさを感じさせてくれます。
誰に説明されたわけでもく、兄弟2人だけの体験から、この結論に辿り着く。
だからこそ、見ている子ども達へも、命の尊厳や命に対する敬意が感覚的に伝わるのでしょう。
生き物を飼うということへの、哲学的な問いを、子どもの素直な気持ちと行動を通して、子どもも大人も考えさせられるのです。
この、ジャンボの死と自然に生きる生き物の姿を通して、命の本質的な幸せや、生き物を飼うというこを改めて深く考えさせてくれるのも、この絵本のとても素敵なところです。
二言まとめ
カブトムシとの日々が楽しかったからこそ、カブトムシの本当の気持ちを知って心が揺さぶられる。
生き物を飼うということや、命にとっての幸せについて、深く考えさせてくれる絵本です。
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